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「おかげさま」禅宗のひとつ臨済宗の坐禅のお話

色々な妄自を捨てる方法が「息」を大切にする「坐禅」(座禅)。
禅宗のひとつ臨済宗妙法山正眼寺が母体の正眼短期大学で私が学んだことを、皆様にお伝えします。

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息を大切にする坐禅「おかげさま」

おかげさま

禅から学ぶマインドフルネスの世界(世界的なIT企業がこの世界に何を求めたのか?)

走り続けている皆様 今一度止まる勇気を(マインドフル=気づき)

あなたは今までに自分の心を見たことがありますか?

「へっ」・・・自分の心を見たことですか?

あなたは「きっと」見たことはない・・・と答えるでしょう。

  とはいえ、あなたは日常その「心」と言う単語をよく使っています。

 私の「心」は傷つきました、
   私の「心」は重い雰囲気に包まれています、
     私の「心」はなんとか立ち直りました、
 また、ある時は「心」が折れそうです、
     ある時は「心」が切れそうです、
       ある時は「心」が和みます、と、言うように。

 あなたはこの実態のない「心」にいつも大きく左右されていませんか。見えるものは信じ、見えないものは信じないのが世の常ですが、あなたは「心」と言う実態のない言葉に不思議に左右されるのです。

この見えない実態としての不思議な言葉

「心」

「WHAT IS MIND?」
実は私もこの「心」と言う言葉に左右された一人です

「心」と「息」

 だから・・・・・・

 私はこの「心」を追及する為、心理学、物理学、経済学、禅学、宇宙論、宗教学、脳科学、脳生理学、コーチング関連の本、スティーブ・ジョブズ等の成功者の自伝、京セラの稲盛さんの本、健康心理学、瞑想、ヨーガ、哲学、チベット仏教、禅僧が記した語録等々何百冊でしょうか、本当によく読みました。自分でも信じられないほどの本を読みました。自慢ではありません。只々「心」とは何かを追及する為にです。

 ある日、本を読んでいる時「あれ」と、突然天からのひらめき(セレンデピティ)が電光石火のごとく私を襲いました。私が読んだ本の中で、すべてとは言いませんが、ほとんどが「息」の大切さを言っているではありませんか。それも、偶然にもそれぞれの分野の専門家の人たちが。

私は、この時

「心」を解く鍵は、ひょっとして「息」にあるのではないかと気づきました。


「禅」と「坐禅」

妙法山 正眼寺

 元東邦大学医学部統合生理学教授であった有田先生は、この「息」、特に坐禅の呼吸法が科学的にも優れていること(この優れていることを知りたい方は有田先生の本を読んで下さい)を感覚的に証明するのではなく視覚的に証明されました。重要なのは感覚的ではなく目で見える形で坐禅の呼吸法がいかに優れているかを証明したことです。偶然にも私は岐阜県の臨済宗妙心寺派の正眼寺(修行の厳しさでは天下の鬼叢林と呼ばれています)が運営母体となっています禅の専門の短期大学である「正眼短期大学 禅・人間学科」に席を置き禅の勉強をしました。この大学では「坐禅」の講義があります。指導には修行の世界に数年もの間身を置かれ今では住職として業をなされている方、平成25年度におきましては同大学の学長でもあり正眼寺の師家でもある山川老師が1年間「坐禅」の指導をされ、その指導時には毎回「吐く息を大切にしなさい」「吐く息を大切にしなさい」と、言い続けられました。坐禅は調身・調息・調心でその坐を整えます。調身・・・身なり体を整えます、調息・・・息を整えます、調心・・・そして心を整えます。調心から整えることはありえません。順番があるのです。この順番から見ても調身、調息が出来れば自然と心が整うと言うことです。この坐禅の呼吸法が科学により証明された今、「息」はただの「息」ではないと言うことです。前にも書きましたが息は自分の心と書きます。「息」は自分を調節することが出来る最高の手段になるということです。

私はこの時、

「心」を解く鍵は「息」にあると確信しました。

では、「坐禅とは」・・・

「坐禅とは」

外一切善悪の境界に於いて、心念起こらざるを、名付けて「坐」となす。内自性を見て動ぜざるを、名付けて「禅」となす

「禅」と「坐禅」

 外部のあらゆる善悪の対象に対して、心の思いが起こらないのを「坐」といい、
 内面的には自己の真性を見届けて、心が不動であるのを「禅」というのである。

六祖壇経 六祖慧能 たちばな教養文庫 中川 孝より

 この境地に達することができれば、おそらく、そのことを「悟り=自分の心を知る」と言うことでしょう。しかしながら、常に我々の心には「妄念」が起きます。それはまぎれもない真実です。この妄念と言う漢字をみてみますと妄を使った禅語に「妄自」と言う言葉がありますが、その意味は「みだりに、思慮分別なく」とあります。

・・・それは 今の心 です。この色々な妄念を捨てる方法が「息」を大切にする「坐禅」なのです。このことは体験するしかないのです。

 坐禅は決して「禅僧」の修行の一つではありません。私の経験上、一般人、経営者、政治家、プロ・アマスポーツ選手等々おそらく人間皆に通じるセルフコントロールを可能にする一つの方法でしょう。「禅」は今を大切にします。今を「生ききること」にすべてをかけます。すべて「今」なのです。今真剣に自分に向き合えば、必ずあなたの人生は変わります。そのきっかけを作るのがこの「息」の大切さを知ることです。調身・調息・調心 これが、あなたの人生の流れを変える魔法の調べとなります。坐禅はこのように「息」を意識的にする為の一つの方法です。あなたは周りに左右されない人生を歩むことが出きます。あなたは本来の自分を見つけることができます。あなたは未知の力を見つけることができます。あなたにはその能力があるのです。マインドフルネス・・・あなたはこの「息」の大切さに気づくのです。

坐禅(座禅)

 私はあなたがここまでお読み下さったことに感謝の気持ちで一杯です。私は大学で正規に禅学を学んだものですが、住職としての地位にはありません。だから私はあなたに近いところにいます。

今あなたに、次のような思いがあるのであれば・・・

このマインドフルネス低減法(禅の見地から)瞑想法を言葉だけでなく実体験したいと思われる方?

 意識的呼吸法(禅の見地から)の基本を少し学んでみたいが?

  マインドフルネス低減法(禅の見地から)瞑想法を個人的に少し体験してみたいが?

   マインドフルネス低減法(禅の見地)瞑想法を企業研修の一環に取り入れてみようと思うが?

 決断してください。あなたが決断するのです。自分自身の責任においてあなたが決断するのです。そうは思いますがでは駄目です。地球誕生から見た場合、あなたの一生はわずか2分か3分。あなたのこの地球上での限られた時間でYES・NOを決めるのは驚くべきことではありません。

 最後にあなたにそう遠くない日に会えることを信じています。私とあなたとの思いが一つになる時、その時がこの私のwebサイトの「おかげさま」の役割の一つが成された時です。世界的企業グーグル,インテルでも活用されているこのマインドフルネス技法を、

ご希望であればお問合せフォームから必要事項をご記入の上お尋ねください。

あなたとともにこの魔法の調べを勉強・体験し、残された限られた時間を有意義に過ごすことができますように。

合掌。

たまにはこんなスタイルで坐るのも

Breathing=My mind

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